印象派の水面が「見える」ようになった話
水辺の魅力
幼い時から水辺が好きでした。ゲームをするよりも川で魚をとる方が楽しかったし、車窓から川や池が見えたら話も聞かずに水草が生えているか確認するといった具合に。水辺・水面というものには、なにか人を惹きつける魅力があるようです。
同じく水面に魅せられ、水辺の風景をしばしば描いたのが印象派の画家たちでした。モネ・シスレー・ルノワール…いずれも水辺の絵画を残しています。
印象派の絵が「見えた」
私が「印象派」という言葉を知ったのは、たぶん高校生のときだったでしょう。モネらの絵を教科書でみて、明るめの配色は好きだけれど、何だかぼんやりしていてパッとしないものだという印象を抱いたように思います。その印象は美術館に足を運んで実物を眺めてみても変わらず、わりと雑に絵具を重ねているように見えました。
ところが、その考えを覆されるような体験をしたのです。
数年前、瀬戸内海の直島にある地中美術館を訪れたときの話です。ここにはモネの描いた睡蓮の絵だけを複数展示する大きな部屋があり、靴を脱いで入る・床には角を丸めた石が敷き詰められているといったこだわりが見受けられました。その部屋に入ったときは偶然にも他の客がおらず、1人でモネの絵を眺めていました。
相変わらずぼんやりとした曖昧な絵だなどと思いながら展示室を歩き回り、ふと振り返ったとき! 反対側の壁にかかった遠くの絵に、ある意味実物以上のリアルな質感を感じたのです。まるで白と金だと思っていたドレスが青と黒に見えた瞬間*1や、白黒模様のなかに絵柄が「見えた」*2ときのように、モネの「睡蓮」のなかに水面が「見えた」のです。この体験以来、印象派の絵が展示されていると進んで鑑賞しに行くようになりました。
私が思う印象派の最大の魅力は、間近から見ると雑な絵具の積み重ねにしか見えない絵が、離れたところから全体を眺めたときに写真以上の質感を見せるようになるところにあります。その傾向は特に水面の描写において顕著であり、風景の反射状況によって「ぬるっ」とした穏やかな水面や波立った水面が表現されています。印刷物でみてもある程度はその質感を感じられるのですが、薄暗い美術館で局所的に照らされた実物の絵には及びません。近くでみたときには大雑把に塗られた絵が、ふと思い出したように遠くから眺めたときには全く異なるリアリティーを得るのです。
ただ綺麗である、ということ
印象派にはメッセージ性や寓意のようなものが少ないため、それらを求める人々にはあまり好かれないこともあるようです。もちろん意味を読み取れるような絵画も興味深いとは思うけれど、綺麗な自然を眺めるような心地よさも捨てがたいですよね。このブログで夏目漱石の『草枕』をすでに何度も引用しているのですが、また引用してみます。
只この景色が-ーー腹の足しにもならぬ、月給の補いにもならぬこの景色が景色としてのみ、余が心を楽しませつつあるから苦労も心配も伴わぬのだろう。自然の力はここに於て尊とい。吾人の性情を瞬刻に陶冶して醇乎として醇なる詩境に入らしむるのは自然である。
このような景色・自然の良さは、同時に印象派絵画の魅力でもあると思うのです。先述の質感に関する騙し絵的な魅力とは別に、ただ純粋に綺麗であるという魅力です。それによって「醇乎として醇なる詩境」に至ることができるのです。
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おわりに
以上のようなことを、『印象派の水辺』という本を読みながら考えていました。
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最近芸術系の本を読むのがマイブームなので、こんな本も読んだりしていました。
印象派で「近代」を読む―光のモネから、ゴッホの闇へ (NHK出版新書 350)
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