roombaの日記

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『嘔吐』『重力とは何か』『夜間飛行』ほか - 2016年2月に読んだ本まとめ

はじめに

2016年2月に読んだ17冊です。

今月は海外文学、理系っぽい本、エッセイ・日本文学の3区分に分けて紹介します。
ベストは『嘔吐』。印象が強すぎてしばらく他の小説が頭に入ってこず、理系っぽい本を適当に読んでいました。

各本について、タイトル・リンク・読書メーターに書いた感想(一部追加・修正あり・非ですます調)の順に記します。気に入った文の引用も。↓↓↓

2月に読んだ本(タイトル一覧)

■外套・鼻 (岩波文庫)
■Newton(ニュートン) 2016年 03 月号 [雑誌]
■嘔吐 新訳
リア王 (新潮文庫)
ポアンカレ予想 (新潮文庫)
■データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則
■正方形 - ブルーノ・ムナーリ かたちの不思議1
■重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る (幻冬舎新書)
■[普及版]ジェネラティブ・アート―Processingによる実践ガイド
タタール人の砂漠 (岩波文庫)
■ムーン・パレス (新潮文庫)
■夜間飛行 (新潮文庫)
■異端の植物「水草」を科学する (BERET SCIENCE)
■モロッコ流謫 (ちくま文庫)
■七人の使者・神を見た犬 他十三篇 (岩波文庫)
■檸檬 (新潮文庫)
ゴドーを待ちながら (白水Uブックス)

以下詳細↓

海外文学

どれも良かったです。シェイクスピア以外は全員初めて読む作家。
■外套・鼻 (岩波文庫)

外套・鼻 (岩波文庫)

外套・鼻 (岩波文庫)

ドストエフスキーがときどき言及していたので読んでみた。
『外套』は、ぱっとしない主人公のアカーキイが思い切って外套を新調することになり、頑張ってお金を貯め、ついに念願叶ってウキウキしていたのに…という胸の痛む話。これほどまでに哀れみを誘う人物はそうそういない。可哀想に…。
『鼻』は、鼻が葱の中に入っていたり、五等官になって歩いていたりと、かなり自由で滑稽な話。深い意味があるのかは不明ではあるが楽しめた。
余談だけど、訳者解説の、『外套』と『鼻』の扱いの差(文字数が全然違う)がちょっと面白かった。


■嘔吐 新訳

嘔吐 新訳

嘔吐 新訳

福田恆存も言う*1ように、人間は自分が必然性の中に生きているという実感を持ちたがる。宿命を欲するといっても良いかもしれない。ところがここにロカンタンという人物がいて、彼は存在の不条理なまでの偶然性、さらには生の偶然性をも感じ取ってしまう。彼は吐き気をおぼえる。彼が本当に望んでいたのは吐き気の対極に位置する「冒険の感情」というもので、自分の人生の各瞬間が、物語のように、必然性を持って秩序正しく継起することなのだ。

私はある瞬間に自分の人生が、稀に見る貴重な質を帯びることがあると想像していたのだ

彼の恋人アニーも「完璧な瞬間」という同様の願望を持っていた。だが、ロカンタン自身が言うように、我々は「生きるか、物語るか」のどちらかを選ばなければならない。アニーは乾ききった絶望とともに「余生」を生きることを選ぶ。だがロカンタンは、生きながらなおかつ物語るという解を見出したのである! 具体的には、小説を書くということだ。

小説を物語ることで、不条理な偶然性をもつ「存在」から洗われ、存在の彼方に「ただ在る」ことを望んだのだ。ちょうど「強力な必然性を持ち、秩序にしたがって終息する」音楽が、分厚い存在の背後に凛として「ただ在る」ように。

そして私もただ在ることを望んだ。それしか望まなかったほどだ。これが事の真相である

…「ただ在る」という概念は字面の印象よりもずっと力強いようだ。


あと、なぜか『檸檬』を思い出した。前半の音楽を聴くシーンとか。音楽は「自分自身の死を内的必然性としておのれのうちに抱えている」ものだが、檸檬が爆発するという想像上の物語にも、音楽による「存在の偶然性」からの脱却に近いものがあるような気がする。『檸檬』の「私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである 。そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ 」という文も気になる。


リア王 (新潮文庫)

リア王 (新潮文庫)

リア王 (新潮文庫)

姉二人のような虚飾のことばを口にしなかった末娘に腹を立てたリア王は、その愚かさゆえに自らを飾り立てていた虚飾を失い、「哀れな裸の二足獣」になってしまう。姉娘に裏切られたリア王の他にも、グロスターは息子に裏切られ、エドガーは兄と父に裏切られる。風雨と稲妻の荒野をさまようリアの孤独には鬼気迫るものがあり、想像を絶する苦悩を嘗めた悲愴なリアの姿には荘厳さすらも感じられた。あまりの苦痛のため、初めは道化を通して笑いの対象となった愚かな父は、ついに狂気の人へと転化してしまう…。

「生れ落ちるや、誰も大声挙げて泣叫ぶ、阿呆ばかりの大きな舞台に突出されたのが悲しゅうてな」


タタール人の砂漠 (岩波文庫)

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

北の国からタタール人が砦を攻めに来るかもしれない、自分の人生に劇的なことが、冒険的なことが起こるかもしれない。そういった漠然とした期待と、日常性への埋没から、ドローゴは辺境の砦にとどまり続ける。しかしながら誰もが英雄になる運命に生れてはいないので、結局彼は青春を、さらには人生をも浪費してしまう。若い頃は無限に歳月が残されていると錯覚するものだが、遁走した時間を取り返すことはできない。好機が到来する時にはすでに待ち過ぎて手遅れだし、孤独な彼の苦しみを理解するものは誰もいない。どきっとさせられる作品だった。


■ムーン・パレス (新潮文庫)

ムーン・パレス (新潮文庫)

ムーン・パレス (新潮文庫)

余韻の残る青春小説だった。唯一の血縁者だった伯父を失い、人類がはじめて月を歩いた夏に破滅の一歩手前まで陥った主人公マーコ。友人らに救われ、新たに始めた仕事から意外な事実が明らかになり…。
喪失と孤独、絶望、再生を経験した彼に今後どのような未来があるのかは分からないが、ここから彼の本当の人生は始まるのだし、とにかく前に歩き続けることは確かだろう。

太陽は過去であり、地球は現在であり、月は未来である

月は朧に霞んでいるかもしれないが、太陽に照らし出され、地球に光を投げかけている。


■夜間飛行 (新潮文庫)

夜間飛行 (新潮文庫)

夜間飛行 (新潮文庫)

天上の星々からも地上の灯火からも隔絶された空間を飛行機は進む。その情景描写は美しく、なかでも操縦士ファビアンが異様な静けさの世界に入り込む場面は忘れられない。
この夜間飛行をとり仕切るのが、非情に見えるほど厳格な支配人リヴィエール。夜間定期飛行という極めて冒険的な事業を確立する使命を帯びた彼は、同情さえすれば周囲に愛されると知りながらも、不測の事変に奉仕すべく孤独な闘いを続ける。搭乗員の失われた幸福を思い密かに葛藤しつつ、愛より大きな義務の観念のために働く、緊張した意志の力の高邁さ! この表題作が気に入った。

「ロビノー君、人生には解決法なんかないのだよ。人生にあるのは、前進中の力だけなんだ。その力を造り出さなければいけない。それさえあれば解決法なんか、ひとりでに見つかるのだ」


■七人の使者・神を見た犬 他十三篇 (岩波文庫)

どれも良かった! 寓話としても、素直に味わうだけでも楽しめる。宇宙人から宗教まで幅広い中で、多くの作品に見られるテーマは、取り返すことのできない時間・人生。『タタール人の砂漠』とも共通する所があるかも? しばしば偶然に左右されつつ良く分からないままに流されるが、ここまで来て引き返す訳にもいかないし、そもそも時間を逆回しにすることは不可能だ。いくら不条理に感じても進むしかない。でも、どこに向かっているのだろう…? 『七階』では進行が空間的にはっきり分かるので、だいたい予想していてもヒヤヒヤさせられた。

迷うけれど、特に印象に残っているのは、『七階』『神を見た犬』『水滴』『なにかが起こった』あたり。

ゴドーを待ちながら (白水Uブックス)

ゴドーを待ちながら (白水Uブックス)

ゴドーを待ちながら (白水Uブックス)

「この広大なる混沌の中で明らかなことはただ一つ、すなわち、われわれはゴドーの来るのを待っているということだ」…ヴラジーミルとエストラゴンはゴドーを待ち続ける。時間はなかなか進まない。彼らは退屈している。記憶は次の日には薄れている。二幕に分かれているが、どちらにおいても重大な事件は起こらない。このような「無」の繰り返しが無限に続くことが、第一幕と第二幕の終わり方が全く同じであることからも予感される。例えるなら空っぽの箱が無限に並べられてゆくのを見ているような感じ? 考えるほどよく分からなくなる、独特な作品。

「何を言っているのかな、あの声たちは?」
「自分の一生を話している」
「生きたというだけじゃ満足できない」
「生きたってことをしゃべらなければ」
「死んだだけじゃ足りない」
「ああ足りない」

理系っぽい本

重力波のニュースを受け、大栗先生の『重力とは何か』を読みました。おすすめです。
■Newton(ニュートン) 2016年 03 月号 [雑誌]

いつも買わずに流し読みするけど、今月は特に面白い特集ばかり。宇宙の果てについて、皮膚のわずかな振動から表面の質感を感じ取る触覚のしくみ、タイタンの海や湖、様々な動物の手足の進化など。手の皮膚感覚は薬指中心を境に別々の神経が伝えているとか、キリンの踵の位置とか、コアラの前肢の指が2:3にわかれているとか、全然知らなかった! 自然の写真も充実していて、ジャンプする地獄谷の猿の躍動感(体勢で本気度がわかるらしい)、草をくわえて持ち帰るエゾナキウサギの可愛さにときめいた。世界各地の塩が生みだす多彩な造形も圧巻。


ポアンカレ予想 (新潮文庫)

ポアンカレ予想 (新潮文庫)

ポアンカレ予想 (新潮文庫)

ポアンカレ予想は予想自体の説明に多様体や単連結といったややこしい概念が必要になるが、超ざっくり言えば「宇宙のあり得る形について考える道具を提供する予想」である。本書では、地球のあり得る形(果てが無いというだけならドーナツ形でも良い)を考えることからはじめ、『神曲』でダンテが書いた宇宙などにも言及しつつ説明を深めてゆく。ユークリッドの『原論』からリーマン、ポアンカレ、ハミルトン、ペレルマン…という長年にわたる流れが掴め、数学史以外の歴史との関連にもしばしば触れているのが特徴的。数学的内容は結構難解だけど…。


■データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則

ウェアラブルセンサで得られた活動データをうまく整理すると、ボルツマン分布と同様の指数分布になっていた!(活動量が温度に対応)。熱・統計力学とのアナロジーから活動データにおけるエントロピーカルノー効率に相当する量も考えている。さらに、心理学者との協力から幸福度と活動量の正の相関を見出したり、人と人との接触記録から「知り合いの知り合い」の多さが重要であることが明らかになったり、会話の双方向性を計測してコミュニケーションの改善を助けたりといった事例が紹介されている。データから意味を読み取るのが上手だと感じた。


■正方形 - ブルーノ・ムナーリ かたちの不思議1

正方形 ? ブルーノ・ムナーリ かたちの不思議1

正方形 ? ブルーノ・ムナーリ かたちの不思議1

『三角形』と同様に面白い。

◾︎メモ◾︎:聖ソフィア寺院の間取り、ムナーリのconcavo convesso、六角セルで正方形の珪藻、風車、ホモ・クアドラトス、ムナーリの役立たずの機械、11世紀の音符、正方形紙に交互の切り込みを入れたピラミッド、たためる小銭入れ、ダヴィンチやデューラーの作ったフォント、カシミール地域のバルティ文字、立方格子状の海綿化石、正四面体を二等分した断面、twiddle(16個の三角プリズムを蝶番でつなげた立方体)、正三角形を分割・回転して正方形にする方法。


■重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る (幻冬舎新書)

重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る (幻冬舎新書)

重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る (幻冬舎新書)

13億年前の重力波が観測されたとの発表を受け、大栗先生(『超弦理論入門』が良かった)の本をあわてて購入した。確立した理論を維持しながらも極限状況に当てはめてみるという「急進的保守主義」に基づき、物理学者達がいかに理論の矛盾・衝突を乗り越えてきたかという過程が、重力という主題を軸に描き出されている。ただ知識を列挙するのではなく、アインシュタインはなぜそう考えたか、どのような矛盾を解消する必要があったのかといった文脈が明確に説かれているのが素晴らしい。
相対性理論量子力学も非常に分かりやすく説明されているし、話題の重力波を観測することの重要性にも触れている。科学史家の村上陽一郎が『科学の本100冊』に選出しただけあり、好奇心をくすぐられる一冊だった。


■[普及版]ジェネラティブ・アート―Processingによる実践ガイド

[普及版]ジェネラティブ・アート―Processingによる実践ガイド

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アルゴリズムによって自律的・生成的にアートを生み出す「ジェネラティブ・アート」の実践ガイド。Processingという言語を道具として、PCの画面上に美しい形状を描き出す方法が説明されている。Processingは他の言語を知っていればすぐ習得できる。フラクタル図形、セルオートマトンといった複雑系っぽい話もあるが、円や直線にちょっとノイズ(パーリンノイズをよく用いる)を加えるだけでもかなり興味深い形になるようで、そのあたりの不確実性を利用するコツが参考になった。
↓こんな記事を書いておきながら今更読み終わりました。



■異端の植物「水草」を科学する (BERET SCIENCE)

異端の植物「水草」を科学する (BERET SCIENCE)

異端の植物「水草」を科学する (BERET SCIENCE)

陸上から再び水中へ進出した植物である水草は、水中という特殊な環境下でいかに生存し、子孫を残し、移動するのか。
花粉を送り込む方法ひとつにしても、水上の風や昆虫を利用する・水中に散らす(3次元)・水面に雄花や花粉自体を浮かべる(2次元)…といった複数の戦略が存在する。水中の花粉は空中と違って絡みつきやすい糸状になっていたり、雄花を水面に浮上させるために光合成で得られる酸素の泡を利用したりと、水草独自の工夫もなされている。

その他興味深かったのは、水のpHの違いがCO2やHCO3-の比率の違いとして光合成に影響するという話、水流をいなす水草のかたち、オニバスの巨大な葉の裏に張り巡らされた葉脈の構造、浮葉の反転を防ぐクチクラの疎水性、しばらく浮いたまま移動した後に沈んで定着する種の仕組みなど。

エッセイ・日本文学

■モロッコ流謫 (ちくま文庫)

モロッコ流謫 (ちくま文庫)

モロッコ流謫 (ちくま文庫)

旅行記と文学論の入り混じるエッセイ。ポール・ボウルズを中心に、聞いたことのない人名が多く登場したが、それでも結構楽しむことができた。三島由紀夫の実弟やカポーティにも縁のある土地らしい。ジブラルタル海峡に臨むタンジェ、迷宮となめし革のフェズ、屋台と見世物芸に陶酔したフナ広場有する赤い都マラケシュ。無骨なアトラス山脈を越えれば、そこには広大な砂漠が広がっている。忘れていても間歇泉のように噴出する記憶。モロッコに足を向けるとは、知らぬ間に魔物を体内に宿し、持ち帰ることなのだ。


■檸檬 (新潮文庫)

檸檬 (新潮文庫)

檸檬 (新潮文庫)

以前から好きだった『檸檬』『桜の樹の下には』は相変わらず良いが、他の作品を読んで梶井基次郎の別の一面を知ることができた。それは宿命と偶然性を想う一面。

「生命がある以上は各自の天稟の仕事がある筈だ。それに向つて勇往邁進するのみだ。生命を培ふといふ事が万一仕事を枯らすといふ事を意味するなら死んだ方が優しだ」

梶井基次郎 - Wikipedia

と友人に綴るほどの気概を持った梶井でも、気まぐれな偶然性から「冬の蝿」のように死を迎え得る世界なのだから、檸檬の中に爆発する可能性を見出して追求しても良いじゃないかと思えてくる。

名作という訳ではないのかもしれないけれど、短い『路上』になぜか惹かれた。不意に赤土の上を滑り落ちてしまったが、嘲笑う者すら一人もおらず、夢の中の出来事だったような気分になる。その廓寥とした淋しさに、小説を書かないではいられないと思う話。

その他には、先程ちらっと触れた『冬の蝿』、月光の『Kの昇天』、生死の入り混じる運命を覗く『ある崖上の感情』などが印象に残った。同じ現実から明暗二つの表象を見る作家…

おわりに

先月と同様、この記事は途中まで自動で生成&下書きに投稿しています。今度やり方を書くと言っていながら3月になってしまいました…。

今月の個人的ランキングは、

  • 『嘔吐』
  • タタール人の砂漠』
  • 『夜間飛行』
  • 『ムーン・パレス』
  • 『重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る』
  • 『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』
  • 『外套・鼻』

です。


先月分はこちら↓
roomba.hatenablog.com

*1:

人間・この劇的なるもの (新潮文庫)

人間・この劇的なるもの (新潮文庫)